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第3章 水無月

      第3章 水無月  またどうぞ、の声に送られて暖簾(のれん)をくぐる。三枝は2WAYバッグを肩にかけると、腹をさすった。 「生ビールが美味い季節になりましたね。天然物の鮎の塩焼きも旬の味覚ですね」  武内の行きつけ、という個人経営の居酒屋で差しつ差されつやってきたところだ。学校行事の谷間で休日前夜、と条件がそろい、延び延びになっていく〝飲みにいくぞ〟が実現した次第だ。 「教師連中と父兄が来ないことを主眼に置いて開拓した貴重な店だ。内証にしとけよ」 「了解です。秘密は守ります」  口にチャックをする真似で応じた。いつになく、おどけてしまうのは最後に飲んだ冷酒がきいてきたせいだ。  三枝自身は車道と歩道を隔てる白線の内側をまっすぐ歩いているつもりでも、ともすると車道側にはみ出す。とりわけトラックが地響きを立てて傍らを通りすぎると、風圧で躰がかしぎ、危うく車体と接触しそうになるありさまだ。  腕を摑まれた。むずと引き戻された拍子に足をすべらせて、胸に倒れ込む。しなだれかかったに等しい構図にドキッとして身をもぎ離すと、そのそばから肩を抱かれた。 「三枝はバス通勤か。寝落ちして終点で叩き起こされるパターンだな。タクシーを呼ぶぞ」 「いま車に乗ると吐くかもなので、酔い醒ましがてら本屋を覗いていきます。ここで解散ということで、お疲れさまでした」  と、数十メートル先の店明かりを指し示す。  それを聞いて武内は眉をあげた。スラックスのポケットに手を突っ込むと、先に立って歩きだす。  ついていく、と態度で示されたからには拒絶するのは不自然だ。肩を並べて、書籍も扱うレンタルビデオ店へと向かう途中、こぢんまりとした公園の横を通りかかった。  ツツジの植え込みは盛りを過ぎ、咲き()めし紫陽花が福々しい。  紫陽花といえば仲夏──陰暦でいえば五月を指す季語だ。ひなた台高校に着任したのは桜の季節で、長いような短いようなふた月だった。  三枝はそう思って、口許をほころばせた。クールビズ仕様のワイシャツの袖をまくりあげて、(かぐわ)しい夜気を胸いっぱい吸い込む。

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