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第28話
武内曰く「ときどき無性に吸いたくなる」。
紫煙が棚引き、穂先が蛍火のごとく明滅するたびに、どことなく不吉な影が差した横顔が浮かびあがる。
三枝は、むせた。風上に移ろう、と腰を浮かせるなりバッグを押し下げられて、尻餅をつく形に座りなおした。すかさず髪をひと房、梳 きとられる。
「期待を裏切っちゃ可哀想だ。せっかくだ、つき合っとくか」
「飲んだあとの締めのラーメンですか。胃もたれ確実です、おれは無理です」
盛大なため息と紫煙が、ひとまとめに吐き出された。
「激ニブ、いや天然か。折に触れてモーションをかけていたのが無駄だったとは、参った」
と、こめかみを揉んでみせ、フィルターがばらけてしまうまで吸殻を踏みにじった。
「受け持った歴代の生徒の中で一番かわいい三枝と、巡り巡って同僚だ。親世代なら、運命の赤い糸で結ばれてるって言うだろうな」
三枝はあやふやな相槌を打ち、吸殻の残骸を拾い集めた。ティッシュペーパーでくるみ、そこに爆弾を投下された。
「ごまかしてもバレバレだ。恋愛感情込みで憧れていたな、高校時代、俺に」
たちまち頬が紅潮するはしから全身が小刻みに震えだした。ティッシュが指からすべり落ち、フィルターの屑と灰と混じり合って散らばる。
この動揺ぶりでは肯定したも同然だ。
「今なら大人のつき合いができるからな、正式に交際を申し込む。イエスかノーか」
そう畳みかけられて、ぎくしゃくと首を横に振り、眼鏡を外してレンズを磨く。旧悪を暴かれたように感じて、動悸が激しい。
ずばり言い当てられたとおり、かつて新任の教師に淡い恋心を抱いたのは確かだ。だがカマをかけられているのだとしたら?
イエスと答えしだい、ビンゴか、と嗤われるのかもしれない。あるいは、交際云々は冗談だ、と冷たくあしらわれて終わりかもしれない。
手汗がすごい。砂混じりの煙草の灰が掌紋に入り込んで、ねばねばする。
と、顎を掬われた。おたおたしている間に頬を両手で挟みつけられて、顔を背けそこねる。そして瞳を覗き込まれた。
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