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第34話

 料理が運ばれてくるまでの暇つぶしに三枝をかまう。恋人同士ならじゃれ合いの範疇(はんちゅう)におさまるのだろうが、武内はにこりともしない。  モデルチェンジした車の性能を確かめる要領で、執拗に繰り返すことで三枝の怒りの閾値を測っているような──そんな不気味なものさえ漂った。  三枝は堪りかねて席を外した。化粧室の鏡に映し出された顔は、苛立たしげに強ばっていた。  それでいて含羞をにじませてほの赤く、角度によっては物欲しげに見える。  ざぶざぶと顔を洗う。全身が心臓と化したように鼓動が耳にこだまして、うるさい。膝頭に一種異様な余韻が残り、それは劣情をそそるようだ。  劣情? 眼鏡のツルを摑みそこねて、フレームが蛇口にぶつかった。馬鹿馬鹿しい、と頭をひと振りしてから殊更ゆっくりと眼鏡をかけなおす。  ファミレスのような健全な場所を舞台に不埒な行為に及んだなど、武内に対する侮辱だ。 「そういや、俺が通っているジムのインストラクターがむっきむきのマッチョなんだが、オネェが入っていてさ……」  食事中の武内はうってかわって終始、にこやかだ。饒舌(じょうぜつ)、且つ健啖家ぶりを発揮して、特大のステーキをぱくつく。  深読みがすぎる。三枝は自分にそう言い聞かせて、ハンバーグを切り分けた。先ほどの一幕は、ただのおふざけ。それを小難しく分析するより、武内曰く〝デート〟を楽しむほうが、よっぽど建設的だ。  実際、武内が追加で小倉あんのパルフェを頼んで、 「ひと口ほしいだろ。特別に、ほら」  白玉を載せたスプーンでふざけ半分に唇をつついてくるころには、甘いムードが漂いはじめた。  別れぎわ、せがまれた。 「つぎは三枝の家で宅飲みするか。直近で都合のいい日は、いつだ」 「そうですね……今週末でも大丈夫です」

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