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第35話

 七年前、県外の大学に進学するにあたって独り暮らしをはじめた。  この春、ひなた台高等学校へ異動を命ず、との辞令が下ったのを機に、通勤圏内に位置する実家に戻ることも検討したのだが、今さら両親と同居するのは気づまりだ。  なので手ごろな部屋を借りた。1DKのマンションで、オートロックじゃないのが難点だが、バス停まで徒歩二分という点が魅力的だ。    約束した当日、三枝は枝豆を茹でて缶ビールを冷やした。  この部屋の〝お客さま第一号〟が、まさか恋人になるなんて、荷ほどきをしていた段階では夢想だにしなかった。  そろそろ武内がやってくるころだ。そう思うとそわそわして、何も手につかない。  期末試験の出題範囲に努めて頭を切り替えて、何問か例題をこしらえる間もエレベータの駆動音が今にも聞こえてきそうで、耳をそばだてっぱなしだった。  ついにインターフォンが鳴った。十、数えてから玄関へと向かいながら、あらためて頭の中でシミュレーションをする。  武内を招じ入れたら、まずはダイニングテーブルを挟んで乾杯しよう。  校内では込み入った話はできない。それでなくとも、かつては上下関係にあったのが、恋人へと様変わりしたのは青天の霹靂以外の何ものでもなくて、未だに気持ちの整理がついていない。  くつろいだ雰囲気の中で、今後のことについてじっくりと話し合う。  それを、ゆるがせにしておくと不協和音が生じる原因になるだろうから。  ところが想定外の方向へと進む。  武内は扉を開けるか開けないかのうちに躰をねじ込んでくると、後ろ手にドアガードと鍵をかけた。  虎、それとも豹が襲いかかってきた。三枝は瞬時、そんな突拍子もない錯覚に陥った。  渾身の力で抱きしめられて脊梁がたわみ、もがく。  沓脱ぎは狭い。蹴散らされた勢いで、サンダルがキッチンの床をすべっていった。  ジムで鍛えた、たくましい体軀をやっとのことで突きのける。  防衛本能が働き、浴室のドアを背にすると、ふてぶてしげにゆがんだ顔を()めあげた。

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