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第36話

 武内が悠然と靴を脱いだ。拳が振りあげられて、三枝は反射的に目をつぶった。  だん! と轟音が耳許で響いたのにつづいてドアが震えた。恐る恐る薄目をあけて息を吞む。  二本の腕が踏切の遮断棒さながら、こめかみの両脇をかすめて三枝を閉じ込める。  しかも武内の双眸は常とは違う輝きを放つ。狡猾な色を宿して、不気味にぎらつく。 三枝は、できるかぎり冷静に話しかけた。 「驚かせて、なんの真似ですか」 「一階のテナントが薬局だと便利だな。ついでに買ってきた」  逆さ向きに振られたレジ袋から、コンドームの箱とローションのボトルが転がり落ちた。  その用途は明らかだ。三枝は侮辱を受けたように感じて腰をかがめた。  さしあたって腋の下をくぐって逃げる。体勢を立て直して、話はそれからだ。  だが、腕がいち早く背中とドアの間に差し込まれた。針金でできた輪っかを引きしぼる仕組みの、くくり罠のように腕と胴体をひとまとめに締めつけてくる。  ガムシャラに身をよじると膂力(りょりょく)の差を知らしめるように、なおも拘束を強める。 「やめてください……っ!」 「駄目だ。俺の教育方針を実地で教えてやる」  耳たぶにかじりついてこられながら嘲笑を浴びせかけられて、総毛立つ。  この状況は、まさかデートDVというやつなのか……?  すくみあがった隙に乗じて、足払いをかける形で流し台のほうへ押しやられた。床を踏みしめても所詮、儚い抵抗だ。  しまいにはセメント袋を扱うような荒っぽさでもって、隣の部屋へと引きずっていかれた。  どさり、とベッドの上に投げ落とされた。武内は手練(てだれ)の身のこなしで、すかさずのしかかってきた。 「お互いを理解する有効な手段はセックスだ。家にあげた時点でOK、常識だ」 「冗談じゃない! 宅飲みするって言うから招待したのに、嘘をついたんですか!」  組み敷かれてスプリングが軋む。

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