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第37話

「おいおい、キスはつき合いはじめて三ヶ月経ってからだなんて、ションベン臭い小娘みたいな戯言(たわごと)をぬかすのは勘弁してくれよ?」 「おれの意思はガン無視で、いきなりセックス? ふざけるな、はっきり言って先生を見損ないました」 「お互い大人なんだ、まだるっこしいことは抜きにして愉しむ。自然の摂理だろうが」  そう、うそぶいて太腿に股間をすりつけてくる。  教育方針に基づいたやり方だ、と主張するように。情欲をかき立てるように、ねっとりと。 「どいてください、どけよ!」  胸板に手を突っ張って、筋肉に(よろ)われた躰を押しまくる。すると、素早く腹に跨ってこられた。  三枝は柳眉を逆立てた。反動を利用して起き直るべく足をばたつかせる。ところが鬱陶しげに、どんと上体を突かれた衝撃で再びシーツの波間に沈んだ。  (はりつけ)に処するふうに四肢を押さえ込まれた。なりゆき任せだが、キスはされるかもしれない、と漠然と予想していた。  だが力ずくで事に及ぼうとするのは、三枝の常識とはかけ離れている。  精いっぱい全身をのたうたせても、武内を振り落とすどころか、逆に体重をかけてこられて肋骨が軋む。足首にシーツが絡んで、いっそう身動きがとれない。  三枝は狂おしく頭を打ち振った。こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった……!   日中、どこかに隠れていた蛾が飛び回りはじめた。その行方を目で追う。  おれはあの蛾のように、たやすく強者の餌食になる運命なのか?   屁理屈をこねて(ほしいまま)にふるまう武内史明のことが、異星人のように理解しがたく思える。  懸命にもがくにしたがい、眼鏡がカタカタと上下する。そのたびに、せせら笑いを浮かべた顔がぼやけたり鮮明になったりする。  Tシャツがめくれて、(へそ)がちらついた。  臍に蓋をかぶせるように指があてがわれて、細かな振動が加わると、必ずしも不快感だけとは言えないもので皮膚が粟立つ。

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