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第38話

 映画の撮影現場でいえば、そこであたかもカットがかかったようだ。武内が突然三枝の上から脇へとすべり下り、くつくつと喉の奥で嗤った。 「レイプごっこだ。単なるプレイなのに本気でビビって、からかいがいがあるな」  「……おれは暴力的なことも、ゲーム感覚で他人をいたぶる人種も嫌いです」  ベッドの上に起き直って、帰れよがしに玄関を指し示しても、よしよしと髪を撫でられると、不覚にも涙腺がゆるむ。  三枝は唇を嚙みしめた。怖がらせておいて優しくする。このやり口は飴と鞭そのものだ。   武内は二重人格者の代名詞・ジキル博士とハイド氏のように、紳士的な性質と凶暴性を併せ持つのか……? 「悪乗りがすぎたな、悪かった」  顎を掬われて仰のかされた。むずかる子供をなだめるように頬をついばまれ、ぷいと横を向くと、吐息で唇をくすぐられた。  くちづけられる予感がして、顎に添えられた手をむしり取る。すると、お仕置きとでも言いたげだ。  嚙み裂くように唇が重なり、罵声を浴びせようとした瞬間を狙い澄まして、舌が結び目をこじ開けてのける。味蕾を刺す煙草の苦みに吐き気をもよおし、それでいて隠し扉が開かれたように芽ぐむものがある。  煽るように、あるいは味見をするように口腔をひと混ぜされたあとで、だしぬけに突きのけられた。  三枝は、うずくまった。問答無用で武内を叩きだすべきだ、と頭ではわかっている。  にもかかわらず先輩教師への遠慮が先に立つ。膝を胸に引きつけて、いっそう縮こまった。  ヒグマと遭遇したように、じっとしたままでいると、うなじに息を吹きかけられた。  跳ね起きるが早いか、部屋の隅まで一目散に逃げる。引きつった顔が掃き出し窓に映り込み、自分がどれだけ蛮行に免疫がなくて、一連の出来事にショックを受けたのか、思い知らされる。  その一方で、それは脳みそのどういうメカニズムによるものなのだろう。矢木の顔が突然、瞼の裏に浮かんだ。  あの人好きがする生徒なら、悪辣なやり方で他人を嬲る真似はするまい。

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