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第40話

  「俺は好きなやつほどいじめたくなるタイプなんだ。ツンケンするな、こっちに来いよ」  手招きされて、じろりと睨み返す。吸殻がくすぶると、なおさら腹立たしい。  換気扇を回しに行きがてら蛇口をひねった。好きなんて、と荒っぽく空き缶をゆすぐ。  ひと山いくらの安っぽい言葉で籠絡されるほど、おめでたくない。  水を止めると、代わって耳が衣ずれを拾う。つられて(こうべ)を巡らせるなり、弾かれたように顔を背けた。  だが、残像がシンクに映し出されているようで目のやり場に困る。武内がボトムをくつろげて自身を摑み出し、ひとしごき、ふたしごきするさまが。  図らずも、さもしげに喉が鳴った。三枝は空き缶を握りつぶし、そのくせ飲み口から目が離せなくなった。  缶のそこに触れた唇が、自分のそこも盗み、燃えたぎるような情熱を秘めてこじ開けた。  ねっとりと貪られた感触が舌に甦ると、寒気とも欲望の萌芽ともつかないものが背筋を這いのぼる。  三枝にも人並に性欲はある。独り寝のベッドで昔の恋人たちとのあれこれを思い出しながら、ペニスをいじることだってある。  武内は寝た子を起こしてくれた。  禁断症状が出てもおかしくないほど人肌の温もりに(かつ)えていることを、暴き出した。  武内は、あてつけがましくマスをかくのはやめたのだろうか。驚かせて、萎えさせてやれば、おあいこだ。  フライパンをこっそり手に取り、いつでもシンクに叩きつけられるようにしながら、肩越しに振り向く。  すると、高校時代の一風景の再現だ。前に出てこの問題を解け、と指されたときさながら差し招かれた。  三枝はチョークの粉を払い落とすように指をよじり合わせた。  新米教師だったころの武内は正答すると手放しで褒めてくれて、それを励みに他の教科はそっちのけで予習した。  武内にアピールするにもそれが精一杯だった昔に返って、「好き」は本心から出たものだと信じて、今回だけは譲歩しようか。

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