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第4章 文月

    第4章 文月  ──放課後、花時計の横で待っています。部活に出る前に、五分だけ時間をください。  下駄箱に入っていた手紙を読んだ時点で用件は察しがついた。なぜなら、えりすぐりとおぼしいレターセットは〝勝負下着〟と同じニュアンスがある。  それに、ひなた台高校にはこんな言い伝えがある。  ──花時計のそばで告るとOK率が高い。  矢木はユニフォームに着替えた足で中庭へと急いだ。ウォーミングアップの時間が減るのは痛いが、すっぽかすのは気がとがめる。  インパチェンスやコリウスが文字盤を(かたど)るかたわらに案の定、思いつめた表情の女子が待っていた。  練習中にトラックの周辺をうろうろしているのを、しばしば見かける二年生だ。  矢木が会釈すると、彼女はポニーテールにあしらったシュシュが飛んでいきかねない勢いで頭を下げた。口を開きかけては言いよどみ、矢木から校舎へ、校舎から空へと視線をさまよわせたすえに、意を決した体で切り出した。 「先輩が走ってる姿が素敵で……好きです、つき合ってください!」 「ごめん、マジにごめん。部活と勉強でキャパ超えな感じで、無理なんだ」  矢木は顔の前で両手を打ち合わせた。  つぶらな瞳がチャームポイントのこんな()から告られたら、九十九パーセントの男子はうれしさのあまり泡を吹いてぶっ倒れるはず。  だが、ときめくどころか苛つく。仮につき合った場合はスケジュール的にもっと厳しくなるということで、何もかもいっぺんにやりこなせるほど器用じゃないのだ。 「フラれるのは想定内だったから、気にしないでください」  涙ぐんで、それでも微笑みを浮かべるさまをいじらしいと思うより重いと感じる。  おまえナニサマだよ。矢木は自分の影を蹴りつけた。そこに名刺大の紙袋がおずおずと差し出された。 「あの、もうすぐ県大会ですね。インハイ出場も大学に合格するのも応援してます。で、あの、これ……」  紙袋じたいはキャラクターものだが、大きさからいって中身は学業成就の御守りの類いだろう。

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