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第47話

   目庇(まびさし)をして仰ぎ見る空は、藍色と灰色が領土争いを演じているようなところに金色がちりばめられて、サイケデリックだ。  あと半月もすれば梅雨明けで、そのころにはインターハイに向けて練習三昧か、部活を引退しているか、ふたつにひとつだ。  無念にも後者の場合、夏休みは暗黒だ。毎夏恒例のイベントの類いは全部おあずけ、というぐあいに受験は青春泥棒だ。  それでも三年生を対象とした集中補習には感謝だ。現代文もカリキュラムに組み込まれていて、休み中も三枝に会える……。  心臓が跳ねた。七歳も年上で、おまけに男性教諭の存在が、テンションが上がる、下がるに影響するわけがないのに、どうしてここで三枝なんだ?   矢木くん、と話しかけてくる声が耳に甦ると、八百メートル走のゴールに飛び込んだときさながら動悸がするどころか、叫んで転げ回りたくなるなんて、理解不可能だ。 「ヤベ、スパイクの予備の紐を教室に忘れてきたんだった」  テントウムシが飛び立ったのを潮に、わざとらしくも掌に拳をぽんと打ちつけた。  近道と称して教師との遭遇率が高い、通称・A校舎に駆け込んだとたん、つんのめるように立ち止まる。  折しも職員室から出てきて、廊下を歩き去ってゆく、凛とした後ろ姿にどうしようもなく目を奪われる。  純白のワイシャツが、まばゆい。このルートを選んだのは潜在意識の悪戯によるものだろうか。謎の心悸亢進が三枝に起因するときに、当の本人に行き合った。  三枝は教科準備室へ向かっているとみえて、ひと抱えもある資料を顎と両腕で挟みつけている。とはいうものの、資料の山は今にも雪崩を起こしそうだ。  逡巡する。忘れ物を取りにいくのを優先すべきか、手伝いを申し出るべきか。  部活に遅刻すると百叩きの刑……は冗談だが、たるんでいる、と顧問兼監督からどやされるのは鉄板だ。  だからといってシカトこいて立ち去るのは気がとがめる。

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