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第49話

 些細な出来事を大げさにありがたがって、俺はやっぱりおかしい。  首をかしげがちに資料を半分持つと、バトンタッチ、と促すふうに差し出された手を無視して一段のぼった。  トレーニングパンツのポケットの中で紙袋ががさつく。そうか、さっきの女子に感化されて、思考回路が乙女モードに切り替わっているのだ。それなら納得がいく。  つかのまトリップしていた。耳許で衣ずれが響いて我に返ると、至近距離から顔を覗き込まれていてドキッとした。  危うく資料をばらまいてしまいそうになって、焦って抱えなおす。 「今度の日曜か。当日のタイムテーブルは?」 「八百の予選は十時ごろで、決勝はたぶん二時過ぎ。で、上位ふたりが県代表っす。けど、応援に来てほしいとか、べつに強制じゃないんで……」  それを聞いて三枝は眼鏡を押しあげた。眉を寄せているあたり、時間をやりくりできるか否か検討中といった様子だ 〝固唾を吞む〟とは、まさに今の俺の心境だ。矢木はそう思い、しゃちこばると、紙袋がまたカサカサ言った。  あの()も、どうかうまくいきますように、と祈るような気持ちで告ってくれたに違いない。そうだ、ありったけの勇気を奮い起こして。  突っぱねるにしても神対応というやつを参考にすべきだった。今さらながら胸にチクリと痛みを覚えた瞬間、 「わかった、場所は県営の陸上競技場だね。予選のほうは確約できないけど、決勝はメガホンを持って勇姿を拝みにいくよ」  にこやかに告げられた。 「えっ、マジっすか!」 「うん、せっかくの招待だからね。それにテレビ中継とは違って、(なま)で観戦するのは迫力がありそうで楽しみだ」    思わず万歳してしまう寸前、咳払いで濁した。いきおい扇形に広がった資料をそろえて持つと、とんとんと階段をのぼりはじめた。

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