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第50話
「矢木くん、貸して。あとは自分で運ぶよ」
ボールを確保したラグビー選手さながら、資料を死守する体で、二階と三階の中間地点にあたる踊り場に差しかかった。
正面は、ガラスブロックを用いたはめ殺しの窓だ。プリズムを透過したように光の粒子が弾けて、後につづく人影が七色にきらめく。
矢木は目を眇 めた。香川県の金毘羅さんは、千数百段を超える石段が有名だ。この階段も無限に増えないだろうか。そうすれば三枝とずっと一緒にいられる──。
乙女思考が大暴走で我ながらキモい。コの字型に折れ曲がる手すりのコーナーに、資料をひとまず置いた。
延長プリーズって、俺はそんなにお手伝いが好きなのか。挙動不審ぶりを訝られる前に、早口でまくしたてる。
「そういえば、友だちがバイトしてるファミレスに武内先生とご飯を食べにいったことがあったっしょ。プライベートでも一緒に遊びにいったりす……」
尻すぼまりになった。柔和な笑みがしかめっ面に取って代わられるような、変な話題を振ってしまっただろうか?
重苦しい沈黙が落ちてたっぷり数十秒経ってから、ようやく答えが返った。
「まあ、それなりに親しいかな」
そう棒読みで言い終えると、表紙が皺むのもかまわず資料をひとまとめに引っさらう。そして足早に階段をのぼりつめた。
矢木はあわてて後を追い、
「おれは明日の授業の下調べをする、きみは目標に邁進すべく練習に励む」
だるまさんがころんだ、と制されたように固まった。
三枝が表情をやわらげつつ上体をひねった。その拍子にワイシャツの袖口のボタンがダブルクリップに引っかかって外れ、手首があらわになった。
矢木が、あれ? と思うと同時に、三枝はもう片方の腕を急いで袖口にかぶせた。
おかげで、矢木はかえって興味をそそられた。ちらりと見えたにすぎないが、紐状の痣が手首を取り巻いていた。
ぶつけてできたとは思えない。では痣になるには、どういう状況が考えられる?
疑問が渦を巻き、だが穿鑿好きのおばちゃんではあるまいし、ずけずけ訊くのは憚 られる。
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