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第51話

 一礼して、その場を離れた。三枝が応援にきてくれるということは、みっともない姿は見せられないということだ。  来たる本番ではぶっちぎりでゴールテープを切るためにも、練習あるのみ。  レース終盤の粘りに欠けるのが最大の弱点だ。それを克服する意味も含めて、ミーティングに遅刻したペナルティに、と坂道ダッシュ三十回を科せられた。  その後も日がとっぷりと暮れるまでしごきにしごかれて、顧問兼監督が悪魔に見えはじめたころ、ようやく解散が告げられた。  帰りのバスに乗ったとたん爆睡しかけたにもかかわらず、急に目が冴えた。階段でのやりとりをコマ送りで検証する。  いきなり透明な壁が出現したように、隔たりを感じた。日ごろは温和で茶目っ気もある三枝が、冷ややかな態度をとるからには、うっかり地雷を踏んでしまったに違いない。  思い当たる節は、あれしかない。武内と仲について言及したことをプライバシーの侵害と受け取られた。  とぼとぼと家路をたどる。すると玄関先で待ちかまえていた母親が厳かにのたまうには、 「魚沼産コシヒカリ十キロ、タイムセールでおひとり様一点限りを買いにいくのについてきなさい」。 「ちょっ、俺、限界にバテてるんだってば!」 「うちでお米の消費量が一番多いのは大雅、あんた。お手伝いするのは扶養家族の義務。ごちゃごちゃ言わずに一緒に来る」    ここで逆らったが最後、あしたの弁当は白飯の上に梅干しがのっかっているきりの、通称・日の丸弁当だ。  口をとんがらせて、三和土(たたき)めがけて通学鞄をぶん投げた。スラックスのポケットに手を突っ込んで、門扉を肩で押し開ける。  母親とは総じておしゃべりな生き物である。息子が熱心に相槌を打とうが、スマートフォンをいじっていようが、おかまいなしにさずさえずりまくる。 「あんたのクラスの副担任、ほら、今年赴任してきた三枝先生」

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