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第52話
〝おかんのお供でスーパー。荷物持ちとか、たりー〟〝孝行息子、美談な(笑)〟。などと、友人とLINE中だった。
ところが三枝の四文字を耳が捉えたときには、一方的にやりとりを打ち切っていた。
「先生がレジデンス横峯から出てくるのを見かけたんだって、後藤さんが」
後藤さんとはママ友のひとりだ。
「ほら、一階がドラッグストアで、向かいがコインパーキングのマンションよ。あそこに住んでいるのかしらね」
「それ、他人の空似とかじゃないよな。百パー確実な情報だろうな」
「何よ、疑り深い子ね」
背中をこづかれても、蚊に刺された程度にしか感じない。スーパーに入り、買い物かごを載せたカートを押しつけられたさいも、心ここにあらずだった。
くだんのドラッグストアは時たま利用する。店の横手に居住者専用のエントランスがあることは認識していたものの、風景の一部にすぎなかった。
灯台下暗し、だ。三枝は、本当にあの徒歩圏内に建っているマンションの住人なのだろうか。
〝城〟は何階の何号室で、インテリアにこだわりがあったりする?
きれい好きという印象を裏切って私生活では案外、だらしないほうかもしれない。それはそれで人間味があって親近感が湧く。
休日にごろごろしているうちに悩ましい気分になって、ひとりですることだってあるかも……。
キャスターが床の継ぎ目に引っかかり、カートがかしいで、手押しハンドルが腹を直撃した。下品な妄想に耽っているからだ。矢木はそう思い、母親の後ろをおとなしくついて回った。
三枝が帰宅するなり裸族に変身しようが、美少女フィギュアを愛でようが、本人の勝手じゃないか。
と、母親が買い物そっちのけで、しかもよりによって総菜売り場で知人と立ち話をはじめた。腹がぐうぐうと鳴り、床に大の字に寝そべって駄々をこねたくなる。
よだれを垂らしかねない勢いで揚げたてのメンチカツを眺めていると、顔なじみの人物がパック詰めのサラダを手に取った。
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