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第53話

 あっ、と声が洩れた。武内がそれを聞きつけて振り返り、矢木の姿を認めると微かに頬をゆがめた。 「奇遇だな。この店は矢木のテリトリーか」 「……こんばんは、っす」  もごもごと挨拶を返す。ひなた台高校の校則は標準的だが、ときおり抜き打ちで服装検査が行われる。  染髪やスカート丈の規定に反する生徒を説諭する側にある武内が、ド派手な柄シャツにビーチサンダルをつっかけた恰好で、おまけに綺麗めの女づれだ。  うちの生徒、と聞こえよがしに女性に耳打ちするさまが癪にさわった。矢木はポケットの中でスマートフォンを操作した。  べたべたしているところを激写して、武内は大人の魅力にあふれてどうのこうの、と(かしま)しい女子どもに送って幻滅させてやろうか。 「彼女さん……ですか?」 「口が堅いと信じているぞ。恋バナが大好きな女子には、絶対に内証だ」 「言いふらす趣味とか、ないっす」  ぶっきらぼうに答えつつ、腹の中でボロクソに毒づく。  噂をばらまくな、と釘を刺すわりには腕なんか組んじゃって、夫婦気どりかよ。売約ずみなのを生徒に隠しておきたいんだったら地元でイチャつくんじゃねえよ、バーカ。  夕飯のメニューは餃子で、ふだんは三人前をぺろりだ。ところが腹ペコであるにもかかわらず、二、三個つまんだきりで箸を置く。  ありえない、と執拗に繰り返す妹とひと悶着あったのはさておいて。  今年初の熱帯夜だ。寝苦しさに、何度も寝返りを打っているうちに股間へと手が伸びた。  ひとしごき、ふたしごきすれば、むくりと頭をもたげる。下着とひとまとめにハーフパンツをずり下ろしたところで舌打ちをした。  スマートフォンをかたわらに置き、エロ動画をオカズにするのが定番のスタイルだ。だが、妹がガサゴソやっている気配が壁越しに感じられる今夜に限って、イヤホンは通学鞄に入れっぱなし。  だからといって半ケツのフリチンで取りに行くのはマヌケだ。

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