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第56話
午後になると気温はますます上昇して、フィールドに落ちる影が濃い。
熱中症にかかって救護室に運び込まれる観客が後を絶たないなかでも、スタンドを埋める選手の父兄や友人、各校の陸上部のOBおよび一般の陸上愛好家が、盛んに声援を送る。
男子ならびに女子のハードル走の決勝、走り幅跳びの決勝、とプログラムが進むにつれてボルテージがあがっていく。
来る、来ない、来る、来ない。矢木は祈りを捧げるような思いでそう唱えると、ハレーションを起こしてぼやけて見えるスタンドを振り仰いだ。
端から端まで目を凝らしてみても、三枝の姿は影も形もない。
駄目元で頼んだのが功を奏して来てくれる約束を取りつけたものの、猛暑日だ。ドタキャンされても、がっかりするにはあたらない。
ただ、やはり残念だ。三枝でヌいたという前科がある身で本人から激励の言葉をたまわった場合は、罪滅ぼしにコースレコードを更新してみせたのだが。
スパイクの紐を締めなおして入念にウォーミングアップをすませる。
そうだ、優勝したあかつきには、なるたけさらりと三枝に報告するのだ。
インターハイという檜 舞台を踏んできます、お土産はトロフィーです──と。
決勝進出を果たした八人の選手は、係員の指示に従って一列になって入場した。公平を期するため、外寄りのレーンの選手ほどスタート地点が前方に設置されている。
めいめいレーンのナンバーが記された台の前に立ち、名前と校名がアナウンスされるのに片手を挙げて応える。
矢木を含めたライバル同士は、手をぶらぶらさせたり足首を回したり、その場で飛び跳ねたり、太腿をぴちゃぴちゃ叩いたり、と思い思いのやり方で集中力を高める。
スターターが所定の位置についた。
矢木は第五レーン。星占いによると今日のラッキーナンバーは五で、縁起がいい。
位置について、の合図で選手が一斉に前傾姿勢をとった。スターターが銃口を上に向けてピストルを構えると、どの顔にも緊張の色がにじむ。
ヨーイ、と高らかに告げられると場内が静まり返った。
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