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第58話

 燃料を補給されたように力がみなぎる。荒い息づかいが背後に迫った。人を風よけにして体力を温存しようなんて、甘い。  太腿を高くあげて、ストライドをもう一段広くとって突き放す。  別の選手が横に並んだ。  抜き去るつもりだろうが、そうはいくか。ギアをあげた。相手もしぶとく食い下がる。  矢木はトラックをこそげるように蹴りつけて、さらに前に出た。ターボエンジンが搭載されているような底力を発揮して、競り合いを制する。  競技場の上空で鳥が羽ばたいた。潮騒のように歓声が高まるなか、あと一周、とジャンが鳴り響いた。  このころになると選手全員トラックの内側に寄って、熾烈なポジション争いを繰り広げる。  矢木の走りは、もはや神がかっていた。依然としてスピードが衰えないものの、失速しがちな終盤が鬼門だ。  去年のこの大会は四位に終わり、涙を呑んだ。  今年は何がなんでもトップでテープを切る。  小判型のトラックの、縦の走路で振るい落とされる選手が現れるころには、さすがに矢木も息が切れてきた。  それでもランニングをはためかせて、最後のコーナーに差しかかる。  さあ、ホームストレッチでラストスパートをかけるぞ。  ところがコーナーの出口でアクシデントが発生した。二番手の選手とデッドヒートを演じているさなか、くだんの選手がバランスを崩して、矢木に肘鉄をみまう形によろめいた。  足が交錯した。フォームが乱れた。  体勢を立て直すまでの一瞬の隙をついて、ふたりの選手が矢木を追い抜いた。  三位に沈み、挽回しようにも余力がない。  ベルトコンベヤーですいすいと運ばれていくような先行の選手にひきかえ、こちらは、ぬかるみでもがいているみたいだ。  すぐ前を行く背中がどんどん遠のいていくような焦燥感に胸を炙られながら、ゴールに飛び込んだ。

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