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第59話

 二位とのタイム差は〇・〇五秒。矢木は電光掲示板を振り仰いで、ぎりぎりと唇を嚙みしめた。  半歩、たった半歩の差でインターハイ行の切符が指の間からすり抜けていったのか!   躰をふたつに折って、膝に額を押し当てた。係員に促され、今日でサヨナラするトラックに一礼してから退場した。  惜しみない拍手に神経を逆なでされる。  両手で耳をふさぎ、通路を走り抜けて、ひなた台高校の部員がひと塊になって涼むクスノキから少し離れた場所でしゃがんだ。 「元気出せ、っつっても元気なんか出っこねぇのはわかるけど。秘蔵のエロ動画傑作撰をディスクに落としてやるからな」  部活以外でも仲がいい同級生が抱きついてきた。 「惜しい、会心の走りだっただけに本当に惜しい。大学に入っても競技を続けろよ」  監督が、がっくりと落ちた肩を叩いた。 「矢木ちゃん先輩、お疲れっした!」  マネージャーが顔をくしゃくしゃにゆがめてコールドスプレーを差し出してきた。  矢木は機械的にうなずきつづけた。慰めはいらない、おためごかしじゃねぇか、と叫びたい。  接触してきた例の選手が笑いながら目の前を通りすぎていくと、(はらわた)が煮えくり返る。  拳を握り、歯を食いしばる。  インターハイの大舞台に立って全国のライバルと(しのぎ)を削る、という夢がついえた?   こんなに呆気ない幕切れを迎えるために努力を重ねてきたのか?   巻き添えを食ったのは確かだが、かわしきれなかった自分に腹が立つ。  くやしい、くやしい! こんな不完全燃焼な形で引退する羽目になるなんて納得できない。いっそのこと留年したうえで来年の県大会に挑み、三度目の正直でリベンジを果たしたい。  頭からすっぽりとタオルをかぶって、体育座りに縮こまる。蟻の行列を睨みつけていると、衣ずれが鼓膜を震わせた。  いっそう背中を丸めて、膝の間に顔を埋める。監督か、チームメイトか、それともマネージャーが、また訳知り顔で慰めにきたのか。  近寄るな、とバリアを張り巡らせてあるのがわからないのか。

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