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第68話

 一理あると思いつつも釈然としない。だいたい脳内でどういうすり替えが行われたのか、三枝のほうから告った、というふうに武内の記憶は改竄(かいざん)されている節がある。  つまり彼の観点に立つと、我がままを言う権利がある──という理論だ。 「恋は、難しいなあ……」  思春期のような独り言に苦笑が浮かぶ。手すりに頬杖をついて、入道雲がもくもくと湧く空を仰いだ。  ただでさえ恋の悩みというやつは苦手な分野だ。  朝顔の鉢の底からしみ出した水が早くも蒸発するような暑さが寝不足の躰にこたえて、おまけにアブラゼミがけたたましく鳴きはじめると、なおさら心が千々に乱れる。  その翌晩も、武内は部屋を訪れた足で浴室に消えた。そして躰を拭くのもそこそこに、三枝を床に押し倒した。 「待ってください、花火大会の見回り……!」  飲酒ならびに喫煙をはじめ、他校の生徒との喧嘩沙汰……等々。  羽目を外しがちな季節柄も相まって、ひなた台高校の通学圏内で開催される花火大会において、ときおり補導騒ぎを起こす生徒が出現する。  ゆえに教師陣が抑止力となるべく、当番制で会場を巡回する習わしだ。  ともあれ武内としては出端をくじかれる形になり、露骨に顔をしかめた。三枝がベッドの脚に摑んでずり上がると、しぶしぶという体で起き直る。  ひと呼吸おいてパックから煙草を咥えとり、換気扇の(もと)に行きがてら、Tシャツの上から乳首をひとつねりしていった。  痛痒さと甘ったるさをない交ぜに乳首が疼く。三枝は殊更ゆっくりと眼鏡をかけなおし、ダイニングチェアの腰を下ろした。それから努めて熱っぽく言葉を継いだ。 「武内先生と見回り当番のコンビを組むことになって、うれしいです」  たとえ業務の一環にすぎなくても、絢爛と夜空を彩る打ち上げ花火を背景に会場を行ったり来たりしている間は、デート気分を味わえるだろうから。  併せて、武内が主導権を握って三枝が従う、という図式が常態化しつつある現在(いま)、軌道修正を図るきっかけとなるものを欲していたから。

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