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第69話

「おっ、智也の貴重なデレだ。珍しく可愛いことを言うじゃないか」    目縁が赤らみ、ダイニングチェアの座面を引っかいた。以前、含蓄に富んだ説を学食で小耳に挟んだことを思い出す。  ある女子生徒が仲間に持論を開陳していたところによると、友だち以上カレシ未満の相手が、自分を苗字じゃなくて名前で呼び捨てにしてくれるか否かは、愛情を測るバロメータになるとか。  三枝は自嘲気味に嗤った。〝智也〟と呼ばれたくらいで舞いあがるあたり恋愛音痴ぶりを露呈し、加えて武内の気持ちを推し量りあぐねている証拠だ。  紫煙が棚引き、換気扇に吸い込まれていく。 「生徒たちは、夏休みの課題を何割くらい片づけただろうな」  「手つかずと、すでに終わらせた組とピンキリじゃないですか」  律義に答えて、ミネラルウォーターをグラスにそそいだ。 「おまえは俺が与えた課題をまじめにやっているよな」  くわえ煙草の口辺に淫蕩な笑みが浮かんだ。腰に巻きつけたバスタオルの中心が、徐々にの存在を誇示しはじめる。  武内が灰をシンクに弾き落とした。それから左手の親指と人差し指で輪を作り、その輪に右手の人差し指と中指をくぐらせて、(みだ)りがわしげに出し入れする。 「課題一、指が二本スムーズに入るのを目標に後ろを拡張する。智也の性格なら、とっくに達成したな」  吟味するような視線が下腹部を這いまわり、グラスに口をつけた恰好で固まると、 「サボったのか。痛い、痛いとごねてばかりいないで少しは努力しろ」    舌打ちが轟き、三枝はうなだれた。  武内に言わせると、セックスに制約を設ける三枝は「協調性に欠ける」。  押し切られる形で、これまでに二回挿入を試みたものの、二回とも三枝が怖じ気づいて抵抗したためにシラけてしまい、番うには至らなかった。

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