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第78話

 毎晩バタンキューで着信履歴をチェックする元気もなかった、と説明されれば一応辻褄は合う。  なし崩し的に罪滅ぼしエッチと称するもので、よがり狂わされたあとに汗をかいたまま、うたた寝をしてしまった。恐らく、あれで風邪をひいた。  理由が理由だが、早退した。武内に宛てて、看病してほしい、という趣旨のメールを冗談にくるんで綴ったものの、ニベもなく断られたら悲しい。  結局、送信しないで消去した。  人に甘えるのが苦手というのは損な性分だ、と思う。可愛げがない、と武内にしても内心興醒めするものがあって、だから愛情を出し惜しみするような真似をするのかもしれない。  あす未明に台風がこの地方に最接近するとの予報が出ていた。  ワイシャツが背中に張りついたかと思えば風をはらむ。バス通り沿いの桜並木の梢もわさわさと揺れ、そのたび万華鏡を回したように木漏れ陽が描く模様が変化する。  目庇(まびさし)をして空を仰ぐ。墨を含ませた筆で青い画用紙の下辺をなぞったかのごとく、帯状にどす黒い。  おれの心境を油絵に喩えるなら──次第にぼうっとしてきた頭で考える。  さしずめ絵の具を分厚く塗り重ねたあげく、グロテスクな抽象画になり果てた代物だ。  要するに武内と両思いだ、と自信を持って言い切れないために悶々とするのだ。   校門をくぐりしな、ふと校舎を振り返った。屋上から吊り下げられた〝祝・男子剣道部インターハイ出場〟という垂れ幕が、誇らかにはためく。  本当なら矢木の快挙を祝福する垂れ幕も、あの場所を飾っていたはずだった。  実力ではなく不運に泣いた。目標に向かって邁進(まいしん)していた矢木が夢舞台への切符を摑む寸前に、走路を妨害される形になったあのとき、どれほどの絶望感を味わったのだろう。  トラックに別れを告げたあと、強い陽射しに全身を炙られるに任せて座り込んでいるさまは、くやし涙を汗で洗い流そうとしているように見えた。  国語の教師という職業柄、語彙は豊富なほうなのに慰めの言葉は陳腐きわまりない。  三枝はあの日、自分が歯痒くてたまらなかった。

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