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第79話
停留所のベンチに腰かけてバスを待つ間も、ともするとラストランのひとコマ、ひとコマが瞼に浮かぶ。
補習に出席中の矢木は、表面上はけろりとしていたが、心の中では敗北を喫したショックを引きずっているのかもしれない。
エコヒイキをする教師は最低だ。それでも波長が合う生徒も虫が好かない生徒もいる。
何百人もの生徒に接するなかで、とりわけ矢木に興味をそそられるのは、その法則に当てはまらない部分がある気もするが。
今年のインターハイの開催地は、遠方の県だった。三年二組の正担任をさしおいてでも、この県屈指のランナーが、並み居る強敵をねじ伏せて頂点に立つところを見るためなら、何をおいても応援に行っていた。
必ずや、そうしていた。
乗車口のステップをあがるさいにふらつき、伝い歩きで通路を進む。ふたりがけの座席に落ち着くと、背もたれにぐったりと上体をあずけた。
日中はバスの本数が激減する。発車するまぎわに駆け込んできた背の高い男子が小さくガッツポーズをしたのも、このバスを逃したら三十分待ちだからだ。
あっ、矢木くんだ。三枝は、どきりとした。
偶然にしても出来すぎで、バツが悪いような、うれしいような、相反するものがせめぎ合う。
がら空きなのをよいことに隣のシートに置いてあった2WAYバッグを、咄嗟に膝の上に載せなおす。
矢木は、いったんバスの前方へと行きかけたものの、視線を感じた様子で振り向いた。
三枝が片手を挙げて合図をすると、欠伸を嚙み殺してくしゃくしゃになった顔に照れ笑いが浮かんだ。
バスが走りだした。がくんと揺れても、矢木は小揺るぎもしないでこちらにやってくる。そして通路を挟んで隣の席に腰かけた。
てっきり並んで座ると思ってどけた2WAYバッグが、膝にずっしりくる。三枝は肩透かしを食らったように思う自分に驚き、せかせかと眼鏡を押しあげた。
ひと呼吸おいて上体をひねり、殊更にこやかに話しかけた。
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