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第80話
「登校していたんだね。図書室で調べ物でもしていた?」
「ちがくて。文化祭のクラス劇の準備で招集がかかって午前中は大工仕事。で、午後は陸上部の練習に混ぜてもらって、勉強の息抜きに走ってきたんすよ。けど暑くて死ぬわーって感じでリタイアして。先生は通常通りに出勤っしょ、今日は早く帰れる日なんすか」
笑ってごまかした。早引けをしたそもそもの原因はセックスがらみの寝冷えだなんて、口が裂けても言えない。
教師である前に人間で、恋をするのは個人の自由だが、武内との関係は大っぴらにできないものだ。
矢木にしてもゲイはキモい、と冷眼視するタイプかもしれない。仮に人なつっこい笑顔を向けてもらえなくなったら、きっと心が折れる。
大げさだ。自嘲気味に嗤うと、レンズの端から指を差し入れて腫れぼったい瞼を揉んだ。
その間も、一学期に較べて精悍さを増した横顔をちらちらと盗み見てしまう。
無念の涙を呑むという経験が影響をおよぼしたのだろう。眉根を寄せて単語帳をめくるあたり、表情がぐっと大人びた。
短い周期で脱皮を繰り返すように、変化が著しいのも成長期ならではだ。若さが眩しい。そう独りごちて窓枠に頬杖をついたとき、
「がり勉に変身……嘘、勉強してるアピールなだけ」
真面目くさった顔が車窓に映し出された。
「矢木くんは、なごみキャラだね」
「方向性が真逆。俺がめざしてるのはクールなキャラなんすけど」
「せっかくの持ち味を大切にしないと宝の持ち腐れだよ」
「宝って金塊とか、とか? 無機物が腐るとか謎っすね」
「ごめん、珍解答がツボった」
堪えきれずに噴き出すと、矢木はいじけたふうにリュックサックの肩紐をいじる。
三枝は笑いを引っ込め、そしてひりつくように思った。
武内とも軽口を叩き合いたい。お互いの気持ちに微妙な温度差がある状態がつづくと、ガラスでできた城が心の中に築かれて、ひび割れていくようだ。
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