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第81話
スマートフォンに見入る。本来は就業中なのだから、LINEすらよこさないといって武内を恨むのはお門違いだ。
武内は、三枝が体調不良で早退したと人づてに聞けば、帰りに見舞いにきてくれるに違いない。もっとも希望的観測だが。
「受験生はデリケートなんすからね。珍解答とかって、けなされたら拗ねます、全力で」
ぷんぷんと怒って見せるのがこれまたツボで、頬の内側を嚙んでからくもポーカーフェイスを保つと、
「この場合の宝はね、能力とか……」
懇切丁寧に説明する。そこから雑談に発展して、
「先生が、先生になろうって決めたきっかけって何すか。俺、大学ではスポーツ科学を勉強して将来的にはシューズの開発をやりたいんだけど、ちょっと迷ってる部分もあって」
「学生時代にいちばん好きで得意な教科が現代文だったのが大きな理由かな。あとは安定志向。公務員は不況に強い」
「けっこうエグい理由っすね」
と、話がはずんでいる間もバスはとことこと走る。
青い稲穂の海が両脇に広がる一本道を。川面がきららかに輝く橋の上を。心霊スポットのトンネルを。
団地群の入口のバス停で老婆と親子づれが降りた。運転手を除いてふたりきりになったとたん、酸素の濃度が急に増したような沈黙が落ちた。
通路になかばはみ出していた矢木が、窓ぎわへとずれた。そしてスマートフォンをいじりはじめた。
教師の相手をするのに飽きたのだろう。三枝は物寂しさに眉宇を曇らせつつ、背もたれに寄りかかった。
熱があがってきて、吐く息が熱い。背骨を抜き取られたように、車体が揺れるのに合わせて上体が右に左に傾く。
バスが大きなカーブに差しかかった。遠心力が働いて、躰が反対側へと振られる。
シートから投げ出される勢いで矢木がいるほうへ。
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