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第82話

 その瞬間、まともに目が合った。光の加減でそう見えるのか、狂おしいものを宿した眼差しを向けられて心臓が跳ねた。  武内と抱き合っているとき以上に魂の深淵を覗き込まれるようで、うつむいた。  その拍子に酸っぱいものが込みあげてきた。背中が生汗でぬらつき、唇がかさついて、脱水症状を起こしかけているほどの渇きに苛まれる。  片側交互通行の道路工事の現場で足止めを食らった。掘削音が腹に響いて吐き気が強まり、鳩尾をさする。  路線図を思い浮かべる。自宅の最寄りのバス停は五つ先と大した距離ではない。だが、このタイムロスは痛い。  下車して飲み物を買い求めるまで、とても我慢できそうにない。 「悪いけど中身が残っているなら、ひと口分けてもらえないかな」  リュックサックの外ポケットから突き出している水筒を指さした。  ひと口、と矢木はおうむ返しに呟くと弾かれたように立ちあがった。網棚に頭をぶつけて崩れ落ち、蒼白い顔と水筒を見較べて、あわあわと唇を動かす。  さらに狐が小屋に侵入した鶏さながら、両手をばたつかせる。 「ごめん。友だちとならともかく、教師と回し飲みなんてキモいね」  鼻声が、それでも教師然と穏やかに言葉を継ぐのに応えて、もげるような激しさで首を横に振る。眼球が泳ぎ、喉仏が上下した。  それから矢木は、なぜか自分自身に平手打ちをみまったあとで、とっておきの品を献上するように(うやうや)しげな手つきで水筒を差しだした。  水筒は、じか飲みするタイプのものだ。三枝はむしゃぶりつくように口をつけた。  横顔に視線が突き刺さると非常識ぶりを責められているようで目縁が赤らむが、背に腹は代えられない。微かにカルキ臭い水に舌鼓を打つ。 「生き返った、ありがとう」

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