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第6章 長月

    第6章 長月  昼休みの学食は笑いさざめきに満ちている。調理器具や食器が触れ合わさる音は、さまざまな楽器のそれにも似てメロディアスで、陽気な曲を演奏しているようだ。  反面、生存競争の場だ。  矢木は、友人との連係プレイで場所取り争いを制すると、風通しのいいテーブルで保冷バッグを開いた。自分で握ってきた特大のおむすびにかぶりつき、肉うどんを豪快にすする。  ビバ、炭水化物祭り。四時限目は日本語の使用は一切禁止のリスニングの授業で、頭を酷使したあとは糖分を補給するに限るのだ。 「ゴールキーパーがゴールインだってさ。このキャプション、ダサくね?」  友人その一の柴田が、スマートフォンを箸でつついた。二十歳(はたち)そこそこのJリーガーが、三十代半ばの女子アナと入籍した。タイムラインが、そう報じていた。 「アラフォーの女とかババアじゃん。矢木ちんは、いくつ上まで守備範囲?」 「そうだな、俺は……七つ」  三枝が、まさに七歳年上。基準をそこに設けることじたい、恋わずらいが重症化しつつある証拠のようだ。  飯粒が喉につかえて、肉うどんの汁で流し込むと、今度は汁にむせるありさまだった。 「なんか、キョドってんなあ。この女子アナの隠れファンだったりしたっけ?」  友人その二の井上に脇腹をこづかれて、 「ソノヨウナ事実ハゴザイマセン」  片言の日本語で答えて笑いをとると、甘辛く煮た肉をぱくついた。  二学期がはじまって半月。先週までは冷やしうどん系一辺倒で、メニュー選びに季節の移ろいを感じると、排気ガスの臭いをともなって、ある昼下がりの情景がありありと思い浮かぶ。   十八歳の夏が過ぎ去っていったなかで、特筆すべき出来事は、インターハイ出場の夢が幻と消えたことではない。  名づけて〝ザ・水筒を所望事件〟だ。  あの日、あのとき朱唇に触れることを許された水筒が心底妬ましかった。ちなみに間接キスのネタは、おかずランキングのトップを独走中だ。

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