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第85話

 熟成を重ねることでウイスキーの風味が増すように、恋心はつのる一方とはいえ、告白する・しないは別の問題だ。  下手に気持ちを打ち明けても三枝を困らせるだけに決まっているし、そんな度胸もない。  だいたい個人的に話す機会そのものも、廊下で行き合った折にある程度だ。そのさい、髪の毛に寝癖がついているのが可愛いとか、眉尻に黒子(ほくろ)を発見して得した気分だとか、うっかり見つめすぎないように注意が必要だ。  ところで部活を引退して受験勉強一本槍か、と言えばそんなことはない。近ごろ、放課後は文化祭の準備で忙しい。  矢木のクラスは教室を舞台に劇をやる。演目は白雪姫のパロディで、 「ガタイのいい、おねえキャラはウケる」  との短絡的な発想、且つ満場一致で矢木は主役に抜擢された。以来、仲間内でのいじられ度が強まり、 「おしとやかに歩く練習をしなくちゃですね、プリンセス大雅」  今しも腰をくねくねさせる柴田の皿から、唐揚げをかっさらって返した。友情に小さなひびが入ったか、入らないかのタイミングで、 「おっ、三枝っちと武内センセだ。女子に言わせりゃイケメンコンビ」  井上が入口へと顎をしゃくり、つられて頭を振り向けると、セメントをこねて打ったうどんを食べたように胃が重くなった。  三枝と武内は食券機を挟んで何を食べるか検討中、という雰囲気だ。それは、なんの変哲もない光景だ。  ただ武内が、三枝の耳許で囁きかけるそぶりを見せると、無意識のうちに割り箸をへし折ってしまう。  矢木は海苔がへばりついた指を舐めた。焼きそばくらいなら、まだ余裕で入る。食券を買いにいきがてら、ふたりの間に割り込んでやろうか。  だが、いちいち邪魔をしていたらキリがないし、だいたい残りの所持金は百円ぽっきりだ。 「イケメンコンビのツーショット萌えって、腐女子がよだれを垂らす的な?」  柴田が井上に抱きつき、井上もノリを合わせて恥じらってみせる。

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