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第86話

   ふたりを血反吐の海に沈めてやりたいほど、小芝居が癇に障った。矢木は力いっぱい丼をテーブルに叩きつけ、 「白雪姫が、んな、おっかねぇツラしてたら王子がビビって逃げるぞ」  肩に載せられた柴田の手をはたき落とした。  睨み返されて、殺意のこもった目つきで射すくめる。井上と柴田はおろか、相席していた下級生まですくみあがった。  ハブりたければ、勝手にしろ。矢木は、ぷいと席を立った足でグラウンドに飛び出した。  サッカーに興じる一団の間をジグザグに駆け抜ける。飛び入り歓迎と称してパスが回ってくるとなおさら苛立ち、外周を爆走した。  三枝と武内はかつての教え子と恩師という関係上、親密なのもうなずける。武内を妬む権利などない、と頭では納得しても無性にムカつく。  武内が三枝に触れるさいの手つきが気に食わない。うがちすぎだろうか、俺の所有物だと周囲を牽制しているような、いかがわしいものを感じる。  三枝は、いわば高嶺の花。憧れに留めておくのが正解に違いないが、簡単に恋心を葬り去れっこない。  意外に笑い上戸な面も、授業を面白くしようと工夫してくれる点も、ごり押しまがいの約束を守って応援にきてくれる誠実さも、全部ひっくるめて三枝先生が好きだ。  好きだ、好きだ、と全身で叫んで、叫び足りないとばかりに吼えた。 「好きだあっ!」  教室とひとつづきのベランダでさえずっていた女子の群れが、一斉に笑いころげた。  脇腹が痛みだし、グラウンドの真ん中で大の字になって寝転がった。嘲るようにひと声鳴いたカラスに狙いを定めて、拳銃を模した右手を向けた。  屋上でふて寝したい気分だが、五時限目は平常点が辛い数学だ。とぼとぼと教室に戻ると、当の数学教師がぎっくり腰になって保健室に担ぎ込まれた、という目撃情報があった。  自習決定だなと、だらけた空気が流れるなか、チャイムとともに武内が姿を現した。

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