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第89話

 文化祭は二日間に亘って行われ〝白雪姫〟の上演は午前と午後の一回ずつの計四回。  ところが最後の上演を一時間後にひかえているという段にきて、王子役の男子が階段から落ちて足を捻挫してしまった。  チョイ役ではあるものの、王子抜きのラストシーンはグダグダだ。 「科白はちょこっと、憶えられないならプロンプターをつける。でも、うちのクラスの雑魚男子どもじゃ代役は務まらないの。王子には気品が必要なの!」  宮本が雑魚呼ばわりするのにも一理ある。くだんの男子はクラシックバレエを習っていたとのことで、立ち居振る舞いが雅やかな点を買われての起用だ。  喧喧囂囂(けんけんごうごう)と善後策を協議しているところに、三枝がビデオカメラを片手に現れた。 「副担の特権で、最終公演の舞台裏を撮らせてもらえないかな……準備をそっちのけでどうしたの。何かあった?」 「王子……みんな、救世主が来てくれたよ! 王子だ、王子、王子を発見」  引き戸に視線が集まった。なるほど眉目秀麗、且つ物腰のやわらかい三枝ならはまり役だ。   猟犬が獲物を追いつめるように、衣装係の面々がさっそく三枝を取り囲む。そして有無を言わせず、空き教室を利用した楽屋につれていった。  矢木自身はすでに総フリルの衣装に着替えて、デスメタル風のメイクもすませていた。なまはげテイストのフランス人形といった恰好で立ち尽くし、首をかしげまくる。  パロディとはいえ、毒リンゴをかじってからの王子のキスで息を吹き返すくだりは劇中のハイライトだ。  即ち、図らずも三枝とラブシーンを演じることになった。これぞ棚ぼた……。 「矢木ちん、魂がひゅるひゅると抜けてってるぞ。息をしろ、戻ってこい!」  柔道初段の柴田が活を入れてくれても、かえって膝ががくがくする。  県大会の決勝戦がはじまる直前……いや、それを遥かに上回る緊張感がマックスに達して、へたり込んだ。

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