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第90話

「俺、トイレ……ションベン」 「ドレスが汚れる、我慢しろ」  柴田と井上が、矢木を羽交い絞めにする体で立たせた。  背景は、宮殿の鏡の()や森の中を描いたベニヤ板を複数枚用意してあって、場面が変わるのに応じて差し替える仕組みだ。犯人を護送するふうに、その後ろへと引きずっていかれた。  そうこうしているうちに開演を告げるベルが鳴った。  矢木は舞台──といっても教壇だが──に、しゃなりしゃなりと進み出た。過去三回の上演が評判を呼び、上々の客入りだ。  悪役感満載のヒロインがごてごてと着飾って登場すると、待ってました、とばかりに口笛が吹き鳴らされた。  つかみはOK。さらに先制攻撃を仕かけるように、口紅をごってりと塗られた唇をニイッとゆがめて、やおら四股(しこ)を踏みはじめた。  観客の度肝を抜いておいて、最初の科白を言う。 「『どすこい、どすこい。あたしは世界で一番美しいお姫さま。魔法の鏡の精を脅して言わせた……もとい、賄賂を贈って言わせた……じゃ、なくて! とにかく美しいったら美しいでしょ!?』」  ぐいと顔を突き出すと、わざとのような悲鳴があがった。矢木は、お黙りと一喝してから科白を継いだ。 「『なのに継母(ままはは)ったら、おまえの顔面偏差値は小数点以下ゼロゼロゼロゼロ……って失礼ぶっこいちゃって。キィッ、くやしい!』」 「矢木ちゃんセンパーイ、キモかわいい」  最前列に陣取った陸上部の後輩たちが、ヲタ芸めかした動かし方でスマートフォンを振り回す。  激写、接写、とシャッターが一斉に切られた。  おまえらあとで全員、デコぴんの刑だ。矢木はそうぼやきつつもアドリブで投げキッスを返した。吐く真似で応酬されると役にのめり込んで、 「『で、あたし考えました。継母をぶっ殺して、ついでに女王の座を奪取する。一石二鳥の名案よ、おほほのほ』」  練習中はぐらついてサマにならなかったピルエットも綺麗に決まった。

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