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第95話

「『刺客、いらっしゃい。おまえの出番よ、ハリーアァップ!』」  上手(あみて)に向かって羽根扇をばさばさと振ると、粋な着流し姿の人物が現れた。 「『ただ働きさせる魂胆のくせして人使いの荒い姫さまだ。ぶつくさ、ぶつくさ』」 「ミチル先輩、男前」  今度は女子テニス部の現部員たちが、前キャプテンを連写する。アットホームな雰囲気の中で、芝居はテンポよく進む。 「『お義母さま、いらして。レジ袋に宝石を詰め放題のタイムセールですって!』」  ある場面では、白雪姫は継母をバルコニーへとおびき寄せつつ、柱の陰に隠れている刺客にうなずきかける。継母を狙って吹き矢が放たれ、ところが継母は羽子板で打ち返し、矢は白雪姫の額に命中した。  その矢は吸盤でくっつくタイプのもので、しゅぽっと矢木がむしり取った痕は丸くて赤い。一連の模様をSNSにアップした観客がいて、こてこての演出に〝いいね〟がついた。 「『失敗、ってか、ワタクシ待遇のいい女王に寝返った逆刺客。人選ミスも自己責任で恨みっこなし……クソ、なんて頑丈な姫なんだ、くたばるどころかお肌つやつやだ!』」  との科白を受けて、矢木はドレスの裾をたくしあげると、ラメで彩られた足を高々と上げた。  暗殺を企てた(かど)で城から追い出された白雪姫は、森の中をさまよったすえに七人のこびと──演じるのは平均身長百七十五センチの男子だ──の家に転がり込んで居座る。  一宿一飯の恩義と称して彼らをM奴隷に調教するシーンでは、教室は爆笑の渦に包まれた。  白雪姫は執念深い。その後も継母を亡き者にすべく、あれやこれやと策を弄しては、ことごとく計画倒れに終わったあげく、 「『懸賞に応募した憶えはないけど。当選しました、賞品です、って届いたんだから食べなきゃ損よね』」  なんの疑いも持たずに、実は継母が送ってきた毒リンゴをあっさり食べて、ばったり倒れて、そこで矢木はふと素に戻った。  フィナーレまで秒読み段階に入っちゃったよ、先生と公開キスだなんて、恐れ多すぎてマジにパニクる。

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