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第96話

 厄介払いができてせいせいした反面、鞭の味が恋しい。白雪姫を弔う席で、七人のこびとが輪になって互いの背中を物差しでペチペチと叩いているところに王子が通りかかる。  ト書きに従って、三枝扮する王子がマントを翻して登場したとたん、どよめきが起きた。  隠れファンが多い教師が、まさかのゲスト出演!? ナイスキャスティングとの喝采を博して、宮本をはじめ裏方陣がハイタッチを交わした。  ぶっつけ本番とあって、三枝の動きはぎこちない。それでも教鞭をとるなかで培った話術を武器に、ないしょ話をするような身ぶりを交えて科白を言った。 「『おのおの方、ご安心召されよ。わたしの唇は解毒剤の成分を含むゆえ、たちどころに姫を生き返らせてみせましょう……云々はデマカセで、要はギャンブラー魂に火が点いちゃったんだなあ』」  キスへのカウントダウンが始まったこのとき、矢木は胸の上で両手を組んで、(ひつぎ)に見立てた段ボールに横たわっていた。  いよいよだ、と思うと手汗がすごい。三枝が腰をかがめるにつれてマントがたぐまり、そのさまが視野の端をよぎると、心臓がばくばくするという次元を通り越してポックリ逝くようだ。  ドラマの中のキスシーンには慣れっこでも、教師と生徒が目の前でそれを演じるとなれば、期待が高まらないわけがない。  文字通り〝固唾を吞んで〟というレベルにまで客席が静まり返ると、矢木はますますパニクった。  密かに想いを寄せる男性(ひと)と、真似事とはいえ衆人環視の中でキスをする。身に余る光栄すぎて、ラッキーと素直に喜ぶどころか、もはやトンズラをかましたい。  しかし死者(仮)が動いたが最後、芝居はぶち壊しだ。  眼球だけを動かして、さりげなく客席の様子を窺う。そして、ぎくりとした。  いつの間にか武内が来ていた。  三年二組の担任と並んで立っていたが、教え子たちの奮闘ぶりを微笑ましげに見守る担任にひきかえ、武内はIDカードをけだるげにいじる。  その間も冷笑を口辺に漂わせ、ところが三枝が情感たっぷりに次の科白を言うと、瞳の奥で物騒な光がまたたいた。

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