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第98話

   演出にしては不自然な間が空き、客席がざわざわしだした。  脳筋野郎、と宮本が台本を引き裂いた。七人のこびとがアドリブで戦隊ヒーローもの風のポーズを決めて場をつなぎ、そこで三枝が機転を利かせて、 「『姫君、あなたこそ運命の人。さあ、わたしと一緒に愛の国へと旅立ちましょう!』」  矢木の手を握ると、 「『どこかの物好きなお大尽に売り飛ばしてやろう。ウヒヒ』」  スキップしながら下手に引っぱっていった。  めでたし、めでたし、と相成って万雷の拍手が沸き起こった。カーテンコールがかかり、出演者が打ちそろって横一列に並ぶ。  キスもアンコール、と客席から声が飛び、矢木は三枝と上気した顔を見合わせた。  熱演だったね、先生こそ、とテレパシーで伝わるものがあり、一刹那ふたりだけの世界が築かれた。  その様子を見つめる武内の頬が忌々しげに痙攣し、彼はぷいと教室から出ていった。  観客を全員送り出すと、三年二組の生徒はわっと三枝を取り囲んだ。中には感極まって涙ぐんでいる女子もいた。 「無茶ぶりに応えてくれてありがとうございました。先生の王子は完璧」 「殊勲者? 功労者? つか、三枝っちを胴上げするべ」 「気持ちだけもらっておくよ。高校生に戻ったみたいで楽しかった。じゃあ」  三枝は、やんわりと人垣を押し分けると一目散に逃げた。  矢木は衣装を脱ぎ捨てるのももどかしく後を追った。  最恐のおばけ屋敷を謳う教室から客が転がり出てきて、カフェの看板を掲げた教室の前には行列ができていた。  楽屋に借り受けた空き教室には王子の衣装が残されているきりで、すでに三枝の姿はない。あそこかも、と教科準備室がある校舎へと走る。  すると三枝が化粧を落としにくるに違いない、とヤマを張って先回りをしていたのだろう。武内が職員専用の手洗いの入口で待ち受けていて、 「お芝居ごっこに駆り出されて災難だったな」  毒をふくんだ口調で三枝にそう話しかけたのが、矢木にも聞こえた。

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