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第99話

 ごっこ? 矢木は眉根を寄せた。確かに素人臭い出来だっただろうが、あんたを除いてみんな楽しんでいたじゃないか。  さしあたって、勉強時間を犠牲にして快作を書きあげた宮本に謝れ、と言いたい。  ずんずんと手洗いへと近づいていく。  武内はそのとき、三枝の肩をなかば抱きながら彼に耳打ちをして、三枝がもがくと、手綱を引くように腕を摑んだ。  公私の〝私〟に傾いたような一種異様な雰囲気が醸し出されて、矢木は反射的に立ち止まった。  三枝を困らせて楽しむ点に眼目を置いたような、いじり方。そんなわけがない、うがちすぎだ。ただ、三枝にしても満更でもなさげに見えるのが不可解だ。  上履きの底が床にこすれて、きゅっと鳴った。  武内が三枝から離れながら(こうべ)を巡らせ、矢木に目を留めると微かに顔をしかめた。一拍おいて、にこやかに手招きしてきた。 「憑依型の姫ぶりだったな。斬新な解釈で面白かった」  二枚舌を使いやがって、と矢木は心の中で毒づいた。うなずき返すにとどめて歩み寄る。  三枝は眼鏡を押しあげる合間に、ほの赤い目縁をひと搔きし、そこはかとなく艶っぽい仕種に、神経がささくれ立つ。  俯瞰すると正三角形のそれぞれの頂点に立つ形で相対する。お祭り騒ぎの校内にあって異質な空間が生まれて、陽気なざわめきは遠い。  矢木は、ほとんど喧嘩腰で床を踏みしめた。  武内の顔つきがにわかに険しくなり、腹を探り合っているような無言のやりとりを経て、 「職員用のトイレに遠征して、大のほうか。好演賞で特別に使ってもいいぞ」  武内は嫌みったらしく言い置いてから立ち去った。  プライドを懸けたタイマン勝負が引き分けに終わった気分だ。どっと疲れが出て、矢木はしゃがんだ。  すると、三枝が丸まった背中を指さした。 「白雪姫にかぶりつく毒リンゴとはシュールなイラストだね。誰がデザインしたの」

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