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第100話

   クラス単位で、おそろいで作ったTシャツ──通称クラTに興味をそそられたふうな質問だが、とってつけたような響きがあった。  スキンシップという範疇を超えて、どことなくいかがわしいものが漂う場に矢木が来合わせたのは具合が悪い、と三枝は考えて、無難な話題を持ち出したのでは……? 「漫研の部長だった女子が」  ぶっきらぼうに答えて、むず痒い目許をこすると、もじゃもじゃしたものが指にくっついてきた。毛虫! とあわてて払い落とすと、それは付けまつげだ。 「俺の顔、もしかするとグロいっすか」  口ごもるさまが答えだ。矢木は手洗いに飛び込んで鏡を見るなり、死んだ……と(くずお)れた。  メイク落としのシートでざっと拭ったのが災いして、アイシャドウと口紅が(まだら)に残り、あたかも前衛絵画のように毒々しい。 「化け物ヅラさらして歩ってたとか、ありえないっしょ! 先生も、武内センセも教えてくれないなんて新手のイジメっすか!」 「ごめん、教えそびれた」  矢木は猛然と顔を洗いはじめた。トホホな記憶を消したい、金槌で頭を殴ってでも、ぜひともそうしたい。  それにしてもファンデーションというやつは、ペンキが配合されているのだろうか。いくら石鹸を泡立てても、落ちないったら落ちないぞ。  しまいには肌がひりひりしだして、クラTの前もびしょびしょになった。  白雪姫をやり遂げた反動で気が抜けた。洗面台に尻を引っかけて、足の間に手を垂らす。  蠟燭(ろうそく)が八割方溶けたように、文化祭が終わると高校生活もいよいよ残り少ない。寂寥感と焦燥感をない交ぜに、ため息がこぼれた。  と、やはり化粧を洗い流し終えた三枝が、ハンカチを顔に当てた。  水滴がひとしきり睫毛と戯れたあとに頬をすべり落ちていくさまから、ビロードの上できらめく水晶を連想する。  つい見惚れてしまって咳払いでごまかす。〝恋をすれば犬でも詩人〟を地でいく色ぼけぶりに、我ながらひく。  矢木は頭を搔き、クラTをばたつかせた。

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