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第101話

 金木犀の香りが、涼風(すずかぜ)に乗って運ばれてくる。オレンジ色が淡々しく混じりはじめた空のもと、文化祭の実行委員が駆けずり回っていた。  閉会式の目玉は、各()し物の人気投票の結果発表だ。  たとえば軽音部のバンドが一位に輝いた場合、賞状および記念品がメンバー全員に贈呈される。  記念品といっても大抵ボールペンで、ただし、そのペンで〝××さん好きです〟と百回綴ったラブレターを想い人に渡すと恋が叶う──。  ひなた台高校には、そんな伝説がある。  他でもない矢木の友人が生き証人で、去年、くだんの方法で射止めた彼女とラブラブだ。  あやかりたい、と強く思う。〝白雪姫〟が優勝して霊験あらたかなツールが手に入ったら、俺も挑戦してみようか。  矢木は生唾を呑み込んだ。キャラクター物は論外として〝三枝智也〟と思いの丈を込めてしたためるには、どんな便箋がふさわしい?   ああでもない、こうでもない、と頭の中で活発に議論を戦わせるにつれて手足が勝手に動きだす。  背筋を伸ばして、あらためて三枝に向かい合う。物問いたげな眼差しを向けられたとたん、ダムが決壊したように恋情が迸った。 「俺、考えてみたら先生にほぼほぼ一目惚れでした。卒業して教師と生徒のしばりがなくなったら正式に告るんで、覚悟しといてください」

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