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第104話

 中間試験の最終科目が終わったことを告げるチャイムが鳴った。三枝は教卓に手をついて、こころもち身を乗り出した。 「はい、じゃあ後ろから答案用紙を集めて」  試験期間は出席番号順に席を移っているために、平常の授業中とは風景が異なる。  安藤の後ろは江本の一列を見るぶんには平然としたものだが、廊下側の列を眺めやると鼓動が速まる。宮本、武藤ときて、矢木だ。  ──露骨に避けるのはやめてください……。  飄々(ひょうひょう)とした響きの底に(こいねが)うものがひそんでいた声が耳に甦る。今しも目が合うと、ぱあっと顔が輝く。  健気だと心を揺さぶられるものがあり、間違ってもほだされるなと自分を戒める。  三枝は事務的、且つ小さく笑みを返すと、殊更すたすたと教室を後にした。  四肢に絡みついてくる熱っぽい視線を振り払うように。  テストの出来はさておいて、生徒たちは弾むような足どりで下校する。部活動が解禁になるのを待ち焦がれていた様子で、体育館に急ぐ生徒もいる。  一学期の中間試験後の矢木もそうだった。走り梅雨のころを思い起こすと、口許が自然とほころぶ。  県大会突破を目標に掲げて練習に明け暮れていたあのころ、答案用紙を提出した十数分後のグラウンドには、一番乗りした矢木の姿があった。  踊り場の窓の枠は、そのとき額縁と化した。  降りみ降らずみの灰色がかった風景の中にあって、矢木の周囲にだけ陽が照っているように鮮やかに見えた。  カモシカのように軽やかで、チーターのように力強い。足ならし程度のジョギングにすぎなくても、躍動感にあふれた走りっぷりに魅了されて、しばし、その場に釘づけになった。  頭をひと振りして足を速める。  回収した答案用紙をグラマーの教師の元へ届けた足で売店に寄り、昼食のサンドウィッチを調達して国語科の準備室に行くと、採点を待つ答案用紙が机の上に山積みになっていた。

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