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第107話

 差し入れとはエクレアの詰め合わせで、瞬く間に捌けた。三枝自身は、 「こいつが美味い、イチ押しだ」  武内が独断で選んだココナッツ風味のエクレアを、受け取るはしから持て余す。 「試験が終わったことですし、若手のメンバーで打ち上げしましょうよ」  独身の女性教諭が武内にそんな提案しても、はらはらするでもなく、エクレアをひとまずティッシュでくるむほうを優先する自分は情緒の面で欠陥があるのだろうか。  下心があっての誘いなのでは、とセンサーが働いて警戒感を強めるのが普通の反応ではないだろうか。  武内と視線がからみ、その瞬間を狙い澄まして、彼はエクレアをかじる。そして、あふれ出したカスタードクリームをすするようにして舐めた。  挑発的な舌づかいが、ちろちろと乳首を掘り起こすときのそれとダブる。唾液が気管に入ってむせると、 「風邪をひいたのか。のど飴を持っている、分けてやろうか」  三枝がうろたえる原因を作っておきながら澄まし返る。確信犯的な真似も武内にとっては前戯のうちに違いない。  現にコーヒーブレイクのあとは、クリームをまとった舌が折に触れて目の前にちらつくおかげで、作業の能率が落ちるありさまだった。  ──今夜行く……。    帰りのバスに揺られている間中、次第に圧が強まるようだった。デートだ、わぁい。試しに呟いてみても胸が高鳴るどころか、浮かない顔が車窓に映し出される。  むしろ道ばたのコスモスに惹かれる。むしろ密やかな詩が頭にこびりついて離れない。  停留所がひとつ後方へと遠のくにつれて、査問委員会から呼び出しでも食らったように憂鬱さを増していく。  三枝は、ため息交じりにネクタイをゆるめた。に関して肚をくくったせいで、かえって今宵の逢瀬が難易度が高いものに思えるのだ。  スマートフォンを手にした。急用ができたと偽って約束を反故(ほご)にしたい、という誘惑に駆られる。  だが、それでは問題を先送りにするだけだ。決心がぐらつかないうちに一歩、踏み出そう。
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