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第108話

   その前に釘を刺しておく必要がある。街灯に照らされて霧雨が銀色の筋を引くなか、やって来た武内を迎えて開口一番、なじった。 「校内でおかしなふるまいは厳に慎んでください」 「校内でなければいいんだな」  ワイシャツ越しに乳首をつつかれた。 「だいぶ間が空いたな、溜まってるだろ」  抱きしめてくる腕をかわし、先に立って台所を突っ切る。小刻みに震えだした指を励まして間仕切りのガラス戸を開けた。ベッドにちらりと目をやってから、うつむきがちに告げた。 「あの……できます、今夜は……たぶん」 〝できる〟に加えて硬い表情からピンときたはずだが、リアクションはない。定理を証明するように、カクカクシカジカの理由で番うことが有益であるとの結論に達しました、と説明しようにも舌がもつれる。  三枝は思い切って胸をはだけた。ベルトを外しにかかると、 「挿入は『痛い』『怖い』の一点張りだったくせに、どういう心境の変化だ」  顎を掬われて仰のかされた。返答に窮して眼鏡を外し、キスを乞うて唇をとがらせた。  実をいえば、例の詩に触発された感がなきにしもあらずだ。武内との仲が進展するのを阻むもの、それは恐怖心だ。  それを言い訳に躰をつなぐのを先延ばしにしつづけているせいで、愛情が今ひとつ希薄な状態に留まっている。  矢木が告白してきたときも、曖昧な態度をとってしまったのは土台がぐらぐらしているせいだ。  契りを結べば、恋人としての地位が盤石になる。別の要因で心をかき乱されることは金輪際なくなる──はずだ。  通過儀礼だ、と思う。三枝は伸びあがり、正面を向いたきりでぴくりとも動かない顔に顔を寄せていった。  唇を重ね、舌で結び目を割りほぐすのももどかしく、歯列をノックする。  ところが舌を搦め取って吸いたてても、反応は鈍い。それどころか唇がもぎ離された。応え途方に暮れて覗き込む瞳の奥で、狡猾な光がまたたく。

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