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第113話

   武内が、自身が抜け落ちるに任せて横にずれた。そして嵌めっぱなしだった腕時計を外し、ガラス面に目を凝らすと、ローションで曇った、と舌打ちをする。  裏蓋にシリアルナンバーが刻印されたそれは、有名アーティストのイラストが文字盤にあしらわれていた。 「限定モデルをネットオークションで落札した。レアものは手に入れるまでのプロセスに狩猟本能をかき立てられる」  三枝は眉をひそめた。、それから。そうと紡ぐさいに、肩越しに目にした顔が一刹那、嗤笑にゆがんで甘やかな余韻が消し飛んだ。  素敵な腕時計ですね、と武内が蘊蓄(うんちく)を傾けやすい方向へ持っていくのが礼儀なのかもしれない。だがピロートークが自慢話では淋しい。  だいたい花芯が腫れぼったくて億劫だ。キスでねぎらってほしい、と望むのは我がままなのだろうか。  ティッシュを引き寄せるさいに、日ごろ使わない筋肉がみしみしといった。休み休み起き直るはしから組み敷かれて、後ろに指がねじ込まれる。 「もう、無理です……!」  足をばたつかせても、欲望がくすぶる躰はたやすく火が点く。摑み取られた手が股間へといざなわれる。 「復習をおろそかにしては上達は望めない。勃たせたら今度は智也が上だ。腰の振り方を憶えるところまでが今日の課題だ」    俗に〇〇の秋と言う。この場合、〇〇に当てはまる語句はなんだろう。  スパルタ形式でセックスのイロハを教え込まれながら、候補をいろいろと考えた。内壁がはしゃいで始末に負えないほど、どろどろに蕩かされている最中でも、頭の一部は妙に醒めていた。  延々と貪られた翌々日。校門に立って、登校してきた生徒を「おはよう」と迎える当番が回ってきた。  制服姿の集団が校門前の坂道をぞろぞろとのぼってくるさまは、民族大移動を思わせて壮観だ。  三枝は、大半はかったるげに挨拶してくる生徒たちに笑顔を向けつつ、こっそり腰をさすった。  おとといの後遺症だ。ジムに通って躰を鍛えている武内と、慢性的に運動不足のこちらでは体力の絶対値が違うのだ。次回は手加減してもらわないと躰が()たない。

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