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第116話
帰宅して早速プリントを広げる。英字新聞を抜粋したそれはグラマーの課題で、提出期限はあしただ。
ところが記事を訳している最中に意味がわからない単語にぶつかっても、抽斗 に入れておいたはずの電子辞書が消えている。
十中八九、妹の仕業だ。矢木は舌打ち交じりにシャープペンシルの芯を補充した。
妹は、自分の部屋には八木を絶対入れないくせに、矢木の部屋には勝手に入ってDVDやゲームソフトを漁っていくのだ。
その妹は入浴中で、しかも長風呂だ。
目には目を、とハムラビ法典に倣って隣の部屋に突撃をかます。妹にバレしだいバトルが勃発するのは必至だが、受験生を怒らせた罪は万死に値すると思い知るがよい。
案の定、勉強机の上にて電子辞書を発見した。そして、その隣には美しい絵柄のコミックスが。
にたぁ、と嗤った。俺には不法侵入者に報復する権利がある。コミックスの中ほどから覗いている栞を、別のページに挟み替えるくらい可愛いものだ。
ついでに落書きを一発、と表紙をめくったとたん口をあんぐりとあけた。
てっきり普通の少女漫画だと思えば、口絵は男同士のキスシーンだ。
爆弾を処理するように、表紙の端をつまんで唸った。
このジャンルの市場 が活況を呈しているという知識はあったが、妹がいわゆる腐女子だったとは、兄としては複雑な心境だ。
何も見なかったことにして、ただちに立ち去る。それが正解だが、帯に視線が吸い寄せられる。
先生と生徒の秘密の恋だって? なんだ、この身につまされる惹句は。
コミックスを裏返した。あらすじによると、主人公の男子高校生と七つ年上の新任教師は両片思いで云々──とのこと。
紆余曲折を経て恋が実り、おまけの漫画は本編の後日談にあたるセックスシーンだ。
「激似、親近感湧きまくりのシチュエーション、ヤバい……」
吹聴して歩くわけにはいかない恋心を自覚したとき、主人公はやはり戸惑い、自分にブレーキをかけようとしたのだろうか。
男性教師にどんなふうにアプローチして、どういう過程を経て両思いになったのだろう。
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