114 / 168

第120話

 地震か、と思ったら自分の躰が揺れているのだ。矢木は、ふらふらと歩きだした。  感情の配線がショートした状態に陥っていて、悲しいのか、悲しくないのかさえ判別しがたい。  まともに電柱にぶつかって、うずくまった。跳ね起き、悪夢に呑み込まれまいとするように駆けだした。  嘘だ、嘘だ、嘘だ! その一語が頭蓋でこだましつづけて、心音が肋骨を破壊するほどのすさまじいボリュームで胸腔に轟く。  フラれた、フラれた、と(はや)し立てるような、それ。  滅茶苦茶なフォームで、ひた走りに走る。曲がり角に差しかかるたびに右に折れ、左に折れて、なおも走る。  団地群の中を突っ切り、坂道を駆けのぼって橋のたもとに達すると、闇がひときわ濃い。かまわず、東西に延びる遊歩道を突っ走る。  ノアザミの群生を蹴散らして、河川敷へとつづく斜面を駆け下りる。  棘が引っかかってトレーニングパンツの裾に鉤裂きをこしらえ、みみず腫れが足首を縦横(じゅうおう)に走る。  にもまして、胸がひりひりと痛む。  三枝と武内が恋人同士だなんて、詐欺だ。奈落に突き落とされる形で失恋する羽目になったのは、覗き見をした報いなのか。  三枝も三枝だ。俺のピエロぶりを憐れんで、だんまりを決め込んだのか? そんなのは残酷な優しさだ。  売約ずみだ、きみの気持ちは重荷だ、と告白した時点ではっきり言ってくれたほうがよっぽど親切だった。  ススキが生い茂る一角を飛び越えたさい、隠れていた窪みにつまずいて転んだ。 「まっ、言えっこないよな……」  LGBTへの理解を深めよう、と称する啓蒙活動が盛んな今日(こんにち)でも、ゲイを色眼鏡で見るやつは多い。だから三枝が武内との関係を秘匿するのは当然だ。  ただ恨めしく思えるのは、フラれた腹いせに俺が学校じゅうに言いふらすかもしれない、と危惧するあまり明言を避けた可能性を否定できない点だ。  だとしたら侮辱だ。

ともだちにシェアしよう!