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第9章 師走

    第9章 師走  三枝は板書を終えると、赤い波線で要点を強調した。チョークを置くと生徒たちに向き直り、 「論説は試験問題への採用率が高い傾向にあるけど、風刺が効いているぶん深読みしすぎてドツボにはまることがあるから……」  うんぬんかんぬんと説明を加えていくにつれて皮膚が粟立つ。  師走に入ってインフルエンザが流行りはじめた。大学入学共通テストまで残りわずかなこの時期、体調管理を怠った者から脱落するのが常だ。  だが九割がたの生徒が授業中もマスクをしたままという光景はやはり異様で、アンドロイドがずらりと並んでいるような薄気味悪いものがある。 「キリがいいから今日はここまで。残り五分間は各自、ノートの整理に充てて」  すかさず人差し指を唇に当てて、ざわめきが起きるのを制す。三枝は教卓から下りて、机の間を歩きはじめた。  近ごろ教室の雰囲気は二極化が進む。のんびりとペンを走らせる推薦合格組にひきかえ、受験組は食い入るように黒板を見つめてノートに書き写す。  漢字や英単語や年号を試験当日までに詰め込めるだけ詰め込まなければならないのだから、顔つきが変わるのも当然だ。  ()くいう三枝自身は、仕事が忙しいのにかこつけて懸案事項のほうは棚上げにしたままだ。  いや、怖いのだ。二股疑惑について武内を追及した結果、最悪の答えが返ってくるのが。  意気地のない自分に愛想が尽きる。もっとも期末試験の準備等々に忙殺されていたここ最近、白黒つけるどころか、睡眠時間さえ削らざるをえない毎日だ。  びょうびょうと風が唸り、窓ガラスががたつく。  サブ黒板の手前で直角に折れて、矢木の横を通りかかったせつな、ベルトをつつかれた。つられて顔をうつむけると、彼はノートの隅を指し示す。  そこには、こう書かれていた。 〝顔色が悪い。鳩尾をさすって胃が痛い?〟。  目ざとい、と舌を巻いた。もともと観察眼が勝れているのか、それとも対象が目早く見て取るのか。  おれだから、とは自惚れがすぎる。苦笑交じりに眼鏡を押しあげた。

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