122 / 168

第128話

 テレビに向ける目に、知らず知らず羨望の色が宿る。繁華街に繰り出してクリスマス気分を満喫するどころか、自分と武内には外デートじたい無縁のものだ。 「出産費用は保険の適用外って、ふざけてると思わないか。少子化対策は形だけだな」  電子レンジがチンと鳴った。心臓はもっと大きな音を立てて跳ねた。  武内が出産費用を負担せざるをえない状況とは、どんなものが考えられる?   三枝は上の空で器を取り出し、上の空でラップを剝がして、湯気で指を火傷した。反射的に指を口に含み、深呼吸をしてから訊いた。 「どなたのお子さんが生まれるんですか」 「俺のに決まってるだろうが。妊娠検査薬で調べてみたら陽性で、早速ツワリだとさ」  他人事(ひとごと)のように淡々とした口調で言ってのけて、ビールを呷る。 「盆休みにあいつの実家につれていかれて両親に挨拶もすませているから、まあ、年貢の納め時ってやつだ」 「親戚が営むペンションを手伝って休みがつぶれた、と言ってたのは嘘ですか……」 「正確には未来の親戚だ。かき入れ時に泊めてもらったんだ、皿洗いくらい手伝うさ」  三枝は電子レンジに手をついた。  軟体動物へと変じたように、足に力が入らない。何かにしがみついておかないと、今にもへなへなと(くずお)れてしまいそうだ。  ひとまず事態を静観すると言えば理に適っているようだが、それは詭弁だ。  武内は彼女持ちだ、と矢木がリークしてきた時点で武内を問いただしていれば、騙し討ちのようなやり方で凶報をもたらされることはなかったかもしれない。取り越し苦労をするのはやめよう、武内を信じよう、信じたいと願い、楽な道を選んだ結果が、このザマだ。  眼鏡を外して、かけなおした。空咳をして喉の調子を整えてから、声を発した。 「つまり授かり婚というわけですね。では、捨てられてあげます」

ともだちにシェアしよう!