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第129話

 武内はビールにむせた。 「捨てると誰が言った。安定期に入るまで嫁とはセックス禁止、そのぶん智也をかわいがってやれる。ほら、ウインウインだ」 「つまり、おれはセフレに格下げだと? ふざけるな、浮気相手なんて嫌だ!」 「おいおい、落ち着けって」  蛇の舌のように、ぬらり、と手が細腰へと伸びる。 「さわるな、出ていけ!」  椅子の背に無造作にかけられていたコートを、ふてぶてしげにゆがんだ顔をめがけて投げつけた。 「ガキじゃあるまいし、キレるな。結婚しても智也とはこれまで通りなのに何が不満だ」  猫なで声で言いくるめようとする、その卑劣さに心がしんと冷える。三枝は唇を真一文字に結ぶと、玄関に向けて顎をしゃくった。  威嚇的に空き缶を握りつぶすさまに、かえって虫唾が走り、まじろぎもしないで武内を睨み据える。  隣室の扉が叩きつけるように閉まった。  一触即発というレベルにまで空気が張りつめて無言で対峙しているさなか、それは天地(あめつち)に轟きわたる雷鳴のように、けたたましく響いた。  武内はつづけざまに煙草を吹かしたすえに、根負けした体で腰をあげた。  三枝は壁にぴたりと背中をつけて動かなかった。弄ばれたとわめき散らせば、なおさらみじめになる。だから、ぎりぎりと唇を嚙みしめる。  武内がコートを拾って靴を履いて、消え失せるまであと一分かそこらの辛抱だ。虚仮(こけ)にされたと、くやし涙を流し、恋だと思い込んでいたものを失った自分を憐れむのは、それからだ。  すれ違いざま腕が触れ合わさった。バイ菌が付着したようにぞっとして、その腕をこすったせつな、前髪を鷲摑みに顔をあげさせられた。  煙草の残り香が鼻孔を刺し、髪の毛がちぎれてもかまわず手を払い落とす。  直後、鳩尾に一発食らってえずき、躰をふたつに折った。そこを狙って足払いをかけられた。
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