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第137話

 前者が的を射ていれば、これはこれで悩ましい。矢木は、(みぞれ)混じりの雨がそぼ降る表に飛び出して、グラウンドを駆け回りたくなった。  今すぐなんらかの方法で発散しないと、マズい。  でないと教壇に駆け寄って三枝の足下にひざまずくわ、この御方に恋しています宣言をぶちかますわと、とんでもないことをやらかしてしまいそうだ。  どきどきしっぱなしの授業が終わりに近づいた。そこで三枝が〝試金石〟と黒板に大きく書いた。 「おれたちの世代はセンター試験だけど、大学受験の経験者としてアドバイスを。誤字・脱字で減点されるのは馬鹿らしいから、とにかくケアレスミスに注意して」  受験組がうなずくのを待って言葉を継ぐ。 「入試にご利益がある神社に絵馬を奉納してきました。本当は全員の分の御守りを買って配りたかったんだけど、安月給だからね」    手取りは、と口をすべらせたふうを装うはしから、ごにょごにょと濁す。 「ケチらないで具体的な金額を教えてくださいよ」  三枝は笑いを誘って緊張をほぐそうとしている。矢木がその意図を推察してツッコミを入れると、三枝は指で耳に栓をした。剽げた仕種に雰囲気がなごんだ。  中でも矢木は、ほっこりした。三枝先生は風邪でダウンした、と代行の教師から説明があってお見舞いの品を届けた日以来、三枝は愁いをまといがちだった。  授業中の態度に変化はないから、たぶん他の生徒は誰も気づいていない。  ゆえに、これはズバリ恋する男の勘だ。三枝は十中八九、武内がらみの深刻な悩み事を抱えている。  武内には彼女がいる、と告げ口をしたことが原因で喧嘩になったのかもしれない。もしかすると破局したのかもしれない。  三枝の瞳が翳る理由をあれこれと考えてやきもきしていたのだが、だいぶ元気を取り戻したようだ。  もちろん武内と別れたほうが喜ばしいものの、好きな人には常に笑っていてほしい。妹の影響で読んでみたBLコミックスにも同様の科白があった。

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