142 / 168

第148話

 だが語るに落ちる、というケースもある。矢木はおもねるふうにへらへらと笑って、武内が口をすべらせるよう努めた。  八百メートル走は頭脳戦という面がある。先行逃げ切り型でいくか。あるいはレースの中盤以降、徐々にペースをあげていってホームストレッチでごぼう抜きにする作戦に出るか。  それともタイムが拮抗する選手をぴたりとマークしつづけて、自滅するよう仕向けるか。  競技生活で培った駆け引き。その応用で、武内の返答如何(いかん)によって柔軟に攻め方を変えよう。  正念場を迎え、底冷えがするにもかかわらず手汗がすごい。手袋が蒸れて、それ以上に武内の存在そのものに不快感が増す。  見た目はカッコよさげなこのゲス野郎は、三枝をたぶらかしただけでは飽き足らず、あの綺麗な男性(ひと)をオモチャにしやがったのだ。  キス、をしているところは見てしまった。想像するだに(はらわた)が煮えくり返るが、セックスだってしていたに違いない。  嫌がる三枝を押し倒して、過激に、執拗に、あんなこともこんなことも……。  マフラーを引っぱりあげて口許を覆った。そして、ごくごく小声で毒づく。  見ていろ、三枝を苦しめた報いに天誅を下してやる。  と、武内がおもむろに、薬局のシャッターに寄りかかった。生徒ごときが切り札も持たずに、いつまでハッタリをかましていられるのかお手並み拝見。  薄笑いを浮かべた顔に、そう書いてある。  矢木は思った。だいたい非難を受ける謂れがなければ、誹謗中傷はやめろと、すさまじい剣幕で食ってかかってくるのが普通の反応のはず。  ところが武内は、根っこの部分でこの事態を面白がっているように見える。  ということは、実をいえば三枝を毒牙にかけた顛末を話して聞かせたくてうずうずしているのかもしれない。  脱・童貞を果たしたクラスメイトが、修学旅行の夜に男子を集めて「カクカクシカジカ」。あれと一緒だ。もうひと押し自尊心をくすぐってやれば、武内もぺらぺらとしゃべりはじめるだろう。

ともだちにシェアしよう!