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第150話

 グラウンドコートを翻して、駆けだした。  マンションからあっという間に遠ざかると、曲がり角でいったん立ち止まり、お尻ペンペンで武内を挑発した。 「待て、内申書がどうなっても知らないぞ」  武内が、すさまじい形相で追いかけてくる。  彼我の距離が数メートル未満に縮まるタイミングを見計らって、また走りだす。時には点字ブロックにつまずいたふうを装い、わざとよろけて武内をおびき寄せておいて、アッカンベで嘲弄しざまダッシュする。  何がなんでも捕まえてやる、とムキになるように仕向けるには、火に油をそそぎつづけるのが一番だ。  住宅街を走り抜けても、大通りを渡って商店街を突っ切っても、駅前のロータリーを半周してガードをくぐり、線路沿いの道へと方向を転じたあとも鬼ごっこはつづく。  本気を出せば武内を撒くくらい朝飯前だ。それを敢えてルアーフィッシングのように、風になびくマフラーを囮にして、追いつけそうで追いつけない距離を保ってなおも走る。  息も絶え絶えになるまで振り回してやる程度では手ぬるいが、三枝を傷つけた罪を、てめえの躰でいくらかでも償ってもらおうじゃないか。  スマートフォンを巡る追跡劇は、かれこれ三キロに達した。  矢木は全身の筋肉がほぐれる感覚を楽しみ、ほかほかしてきた頬をゆるめた。このところ机にへばりつきっぱなしで、苛ついていた。ストレス解消には、ちょうどいい運動量だ。  ひらりと車止めを飛び越えた。その向こうには神社の裏手にあたる石段が百を数えて闇に溶け入り、石段の両脇からしだれる枝々が、おいで、おいでと手招きしているようだ。  矢木はピューマのように、しなやかな身のこなしで石段を駆けあがっていった。

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