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第151話

 それにひきかえ武内は一段ごとに手すりに摑まるありさまだが、それでもしぶとく追いすがり、 「録音して……」  躰をふたつに折って膝に掌をあてがうと、 「弱みを握ったつもりでいるとはガキの浅知恵だな。音声ファイルの件で校長に詰問されることがあっても、捏造だと言い張れば、どうせ臭いものには蓋方式でウヤムヤになる。残念だな」  ぜぇぜぇ、はぁはぁと負け惜しみを言う。  それに対して、とんとんと石段をのぼりつめると、一等賞と拳を突きあげた。それから腰をかがめて、スマートフォンをひらひらさせた。 「計算通りにいくとは限らないっしょ。偽物の証拠をでっちあげてまで先生をハメたがる犯人に心当たりは、って追及されたりすると経歴に(きず)がつくかもですよ。こいつを流出させないって誓う交換条件は……」  凄みを利かせて吼えた。 「反省しろ。今後一切、三枝先生にちょっかいを出すんじゃねぇよ」  力尽きた、あるいは油断を誘う演技なのか。武内は石段に崩れ落ちると、背中を丸めた。  それでいて逆襲に転じるチャンスを窺っているさまを物語って、憎々しげに()めあげてくる。  白目が黄色く濁って見え、唇を舐めて湿らせるにつれて、舌が蛇のそれのようにちろちろと覗き、やがて口角がニタァとゆがんだ。 「なるほどなぁ、矢木。おまえ、智也に惚れてるな。だったら、いいことを教えてやろう。あいつは乳首をかじってやるとガマン汁をだらだらこぼす。後ろは開発中だが、感度は悪くない」  悪意に満ち満ちた言葉が、数万匹のヒルが全身にたかってきたようなおぞましさを伴って鼓膜を震わせる。  先ほどまでの爽快な汗がにわかに粘り気を増し、全身がべたつく。  矢木は指で耳にしっかりと栓をして、それ以上毒がそそぎ込まれるのを防いだ。しかし、すでに心の一部が蝕まれ、毒素が全身に行き渡るようだ。

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