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第153話

   あくる日、コピーした音声ファイルを〝保険〟と称して三枝に渡した。 「武内先生はヤバくね? 人格破綻者の問題教師ぽくねぇ? って判断材料になる会話を録音したやつ。使い道は先生に任せる」    三枝は絶句した。迂闊に握りしめると、USBメモリは泡と消えてしまう。なかば本気でそう信じているように、USBメモリを掌に載せたまま呆然と立ち尽くしていた。  そこは校舎の屋上で、塔屋で羽を休めていたヒヨドリの群れが一斉に飛び立つ。それをきっかけに矢木を見つめ返したあとで、眼鏡が膝を掃くまで深々と頭を下げた。 「おれが不甲斐ないせいで、尻拭いをしてもらう形になって申し訳ない……違う、ありがとう。本当にありがとう」  矢木は肩をすくめるにとどめた。  クールな態度と裏腹に、脳内では侃侃諤諤(かんかんがくがく)と自分会議の真っ最中だ。  先生の笑顔が最高のご褒美です、なんて気障な科白を吐いても許される場面かも、バァカ、どんびきされるのがオチだ──というぐあいに。  ともあれ武内をギャフンと言わせて以来、現代文の穴埋め問題だろうが、ややこしい計算式だろうが、すらすらと解ける。  志望校の合格通知イコール、恋愛至上主義を謳う国へのパスポート。  それを励みに、三枝からもらった御守りを首から提げて臨んだ大学入学共通テストの自己採点は、まずまずだった。  やがて蠟梅の花が馥郁と香り、本格的な受験シーズンを迎えた。

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